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お知らせ

●6月24日の東京シティに、桂さんお誕生日二日前企画のアンケート本を作ります。つきましては、皆様にアンケートをお願いします。名付けて、「銀魂キャラクターなりきりアンケート「ヅラに誕生日プレゼントを用意しよう」です、よろしくお願いしまーす。
●桂マイナーcpアンソロ、2011年6月シティのコタ誕で発行しました。
●アンソロ本文に、誤字を発見しました。
お取り替え、てか修正については こちら をごらんください。
今現在、修正関連のお知らせはhotmailには届いておりません。「送ったけどやぎさんに食べられたっぽいよ!」という方がいらっしゃいましたら、拍手か こちら までお願いします(爆)

三足の烏が翼をひろげ:弐

ちなみに、四まであります。三分けだと微妙に入りきらないので。







 三日後、やってきた隻眼の男は迎えた鳳仙の顔を見て薄く笑った。先日と同じように、豪華な膳や酒を持って控えていた遊女達がそれにおののくのを、気配で感じ取る。それもその筈だ、とおかしくなる。ここ数日の鳳仙の期限は、最悪の一途を辿るのみだったからだ。
 男は今回も、出された膳に手を付けようとはしなかった。ひょっとこ顔の参謀や護衛の娘もつけず、ただ一人で現れたくせにだ。毒殺は恐れるくせに、襲撃にはたった一人でも切り抜けることができる、と思い上がっている。
 新たな決定事項を、男は持ってきた筈だった。けれど何も言わず、吉原の返答を尋ねる素振りもない。暫し待ってから、鳳仙の方から口火を切る。
「どうした。今宵はただ、遊行に来ただけか。」
「鼠のうるせぇところでできる話でもねぇさ。」
 返答に鳳仙はまず瞬きし、次いで天上を見上げた。側に控えていた遊女から酒瓶を奪い、投げつける。豪腕で放たれた瓶は、三十畳はあろうかという部屋の天井の、半分近くを破壊する。そこから素早く去る気配を、鳳仙は見逃さなかった。
「者どもっ。曲者だぁっ。」
 遊女達はさっと動いた。紛れていた百華が、気配の後を追う。他の遊女達は、月詠の元へと走ったはずだ。
「さて、これで落ち着いたか?」
 風通しが良くなりすぎたがそれには構わず、腰を下ろす。が、返ってきたのは更に人を食ったような笑みだった。
「ここまで忍ぶような神経の図太い鼠が、ただ何もせず逃げると?」
「何だと?」
 立ち上がった男が、拾い上げた何かを放って寄越す。掴んだ手のひらの上のそれに、鳳仙は眉をしかめた。
「盗聴器………。」
「さて、どれだけばらまかれたことやら。」
 ククっと喉を震わせる。その顔は、前に鳳仙自身が向けた、嘲りに満ちていた。


「………高杉め。」
 普段から全力疾走には慣れていたが、さすがにずるずると引きずるほど長い裾での逃亡は滅多にない。踏んで転ばぬようにと左手でたくしあげ、右手はいつでも懐に入れられるように空けたまま走る。十メートルほど後ろからは、桂よりもっと動きやすそうな格好の女達が手に刃物を持って追いかけてくる。
 ちょっと角を曲がった隙に着崩れを直して、別人のようなフリをして誤魔化そうという作戦は、三度の失敗を経て諦めた。天井裏に潜る余裕もない。追いかけ回されて、現在地がどこかも判らない。判断する隙もない。
 それもこれも、全部彼奴のせいだ、と何度目かの舌打ちをする。見て見ぬふりをすればいいものを。幾つか仕掛けてきた盗聴器も、どうせ奴に見破られていることだろう。
「いたぞ、こっちだっ!」
「逃がすなぁぁぁっ!!」
 前方からも、追っ手が現れる。勤勉で、しつこいことだ。芋侍にも匹敵するな、と桂は立ち止まり、懐に手を入れた。
「なっ!?」
「バイビー。」
 取り出した爆弾を壁に叩きつけ、できた穴から身を躍らせる。思ったより高さがあったが、まぁ何とかなるだろう。
 まとっていた打ち掛けでもパラシュート代わりに使うか、と帯をゆるめようとし、はっと袂から脇差しを抜く。降り注ぐクナイを、弾く。三本掠り、一本が右肩を、一本が脇腹を抉る。煙幕を炸裂させ、視界を塞ぐ。そして壁を蹴り、相手の射線から逃れる。背中が屋根瓦とぶつかったのは、その数瞬後だった。その勢いのまま転がって、距離を取り立ち上がる。クナイの主は、煙幕に包まれたまま着地した。
 相手は随分身の軽いようだ。スピードは、桂を上回るかもしれない。これは、撒くのが難しそうだ。逃げるだけではただ的にされる。と、なると。
 そう考えをまとめたのは、ほんの数瞬だった。懐から丸い炸裂玉を取り出したのと同時に、煙幕を突っ切って追っ手が動く。脇差しを構え、待ち構える。向かってくるのはまだ若い女だ。敵を倒す、その強い意志を秘めた灰銀がかつて自分が背を預けた男に似ていて、少しだけ眼を細めた。
 女の動きがぶれたのは、その時だった。クナイが放たれるのが一瞬遅れる。ためらいのある攻撃などかわすのは難しくない。後ろに飛び退りながら弾く。次の瞬間、セットした時限爆弾が桂のいたところ、女の足下で破裂する。
「すまんな。」
 まだ、誰かの手にかかるわけにはいかない。踵を返し屋根の上を走りながら、強烈な悪臭の渦に包まれただろう女に向かって呟いた。


「月詠が撒かれただと?」
 報告に現れた百華の女は、低い声で問い返されただ頷いた。覆面の端から覗く顔が、青ざめている。視界の端で、隻眼の男が笑った。
 舌打ちをして、鳳仙は立ち上がった。最初の会見から、この男にはペースを崩されている。夜王に物怖じせず我が道を征くのは不肖の弟子も同じだが、此奴はタチが悪い。勝手気ままなのではなく、明らかに狙ってやっている。
「この夜王を、吉原の主を相手に随分と舐めた真似をしてくれる。負け犬風情が。」
「いよいよ、夜兎最強の男のご出陣、て訳かぃ。」
「抜かせ。」
 負け犬、の中に自分も含まれていることを、男は気づいている。それでも牙を剥くことはせず、ただ嗤って見せた。
「いつまで、そうしていられるものかな。」
 百華の女に傘を持ってくるよう命じる。少しして、五人がかりでそれは運ばれてきた。巨大な体格を誇る鳳仙の、身長と同じくらいはある傘だ。男の口から、感嘆の息が漏れる。
 傘を背負い、屋根へと出る。夜を迎えた吉原は、今日もネオンに彩られている。その光と影の合間を百華の女達が駆ける気配は感じる。鼠の気配はかけらもない。
 ふん、と嗤った。あぶり出す手段など、幾らでもある。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
 瓦が浮く。窓硝子がひび割れる。楼閣の柱が震え、壁が鳴る。傘を運ばせた女達が悲鳴を上げる。隻眼の男すら、解放された闘気に反応し身構えた。そしてもう一つ、一瞬で掻き消された、息を飲むような気配。
「そこかぁぁぁぁっっ!!」
 遠い、幾つもの屋根を越えた先に、傘を投げつける。轟音を立てて、それは二階建ての見世を周囲を巻き込んで破壊した。間髪入れず、跳ぶ。眼下の悲鳴や逃げ回る足音など、知ったことではない。崩れ落ちた見世の上に立ち、がれきに突き刺さった傘を抜く。振り上げ、もう一度地に叩きつける。月詠を撒くほどの手練れだ、反応しないわけがない。
 案の定だ。押し殺そうとしているが、小さな気配ががれきの端で動く。逃がすものか。遠ざかろうとするそれに向かい、傘を振るう。手応えは、なかった。
「何っ?」
 薙ぎ払われた傘が、土煙を吹き消す。その先にいたものに、鳳仙は目を疑った。
 紺色に桔梗をあしらった打ち掛け、乱れてはいるが結い上げた黒髪、肩と脇に血の痕があり、手にあるのは頼りない脇差しのみ、にも関わらず、絶望の色など微塵も浮かべないまっすぐな琥珀が鳳仙を射る。
 最初は見紛った。本人ではないと、その足を砕いた手が思い出させた。本人よりもやや高い背や、武術に長けている構えがそれを証拠づけた。
 次に身体中を支配したのは、業火のような怒りだ。
「この、紛いものがぁぁぁっ!!」
 叫ぶと同時に傘を振るう。起こされた風圧だけで、がれきがひび割れ音を立てて倒れる。当たりはしなかった。二度三度、連続して辺りのものを粉々にする攻撃を、其奴はすべてかわす。右足を引きずっているのは風圧に煽られるからだけではない。それなのに、射程外ぎりぎりで避けていく。
 捕らえようと伸ばす腕の先から逃げるように。
「小癪なぁぁっ!」
 追おうと踏み込んだ時だった。足下で爆発が起こり、衝撃と業熱が叩きつけられる。仕掛けていたのか。いつの間に。
 煙を手で払う。侵入者はちょうど、まだ形を保っていた見世の屋根の上に上がったところだった。
 逃がすものか。
 傘を放る。手から放たれたそれはまっすぐに見世の外壁へと突き刺さり、勢いのまま粉砕する。足場を崩され侵入者は隣の屋根へと飛び退ろうとした。
 逃がすものか。
 同時に飛び上がった鳳仙の巨体が、其奴が逃げようとした屋根を踏みつぶす。バランスを崩した体に手を伸ばす。腕を掴む。細い、日輪や月詠のようだ。途端首筋を熱が走った。脇差しに切り裂かれ、血がほとばしる。掴む力を緩める気はなかった。刃を握る手をもう片方の手で捕らえ、地に叩きつける。持ち上げた体はぐったりとしていて、獲物の屈服を確信した。その懐から、丸いものが転がり落ちる。
「っ!」
 二度目の爆発に巻き込まれる。瞬間、みぞおちに鋭い痛みを感じた。それを無視して、掴んだ体をもう一度叩きつけた。もう一度、さらにもう一度。
 力を失った体を、目の高さまで持ち上げる。さんざん痛めつけられて、持てる武器もすべて効かず、侵入者になすすべは残されていない筈だった。
 それなのに。
 顎を掴んで持ち上げた顔は、血と埃に穢された眼は、その強さをかけらも失っておらず。
(宿すというのか、その瞳に太陽を。)
「紛いものが………紛いものの癖にっっ!!」
 ぼろぼろになっていた紺色を引き裂く。
 壊してしまわなければならない。どんな手を使っても。
(この儂が、大事にしているだと?)
 仮にそうだとしても、それは気の向きようによって幾らでも翻すことができる。ただの温情に過ぎない。
 太陽など、幾らでも沈めさせることができる。夜を統べるものは、そうでなくてはならないのだ。




                                 ~続く~

by wakame81 | 2009-05-16 02:32 | 小説。  

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