これ書いてる途中で「ライアーゲーム」の再放送にはまりました。そのため、一部思いっきりオマージュされております。
「ライアーゲーム」のネタバレに………微妙になるかも。
後半、バトル突入。流血注意。
二枚のトランプがある。一枚は、新八の選んだハートのエース(お通ちゃんを連想した)。もう一枚は、華陀の選んだ、ミスプリントで表も裏の印刷がなされたカード(華陀の幸運の証らしい)。
これを、一つの袋に入れる。華陀がシャッフルし、新八が引く。
裏で出たカードをめくって、ハートのエースなら新八のポイント。めくっても同じ裏なら華陀のポイント。表向きで出た場合、カウントしない。
これを引き続け、早く10ポイント得た方の勝ち。
二枚の内一枚を引く。勝率は互いにフィフティ=フィフティ。
「ではないだろうっ。」
ルールの裏をいち早く読んだ伊東が反対した。
「≪孔雀姫≫のカードは、両面が裏だ。表が出てノーカウントになるのは、新八君のカードでしかない。引いた自分のカードの半分がノーカウントになるのでは、勝率は圧倒的にこっちが悪いじゃないかっ。」
「賭けを行うも、ルールは妾が定めるのも、その童の承諾したことぞ。そなたに難癖をつけられるいわれは無い。」
「難癖ではないっ。」
食い下がろうとする伊東に、華陀は涼しい顔を向ける。
「もし仮に、そなたの言うように勝率に差があったとしても、それは勝率でしかない。実際に引き寄せるのは、その童の運ぞ。運も実力の内と言うであろう?」
眼を細め、華陀は微笑んだ。大輪の薔薇のような、美しい笑み。ただし、そこには恐ろしい棘が隠されている。
「そなたの実力、見せてみよ。万事屋の童。」
新八は黙り込んだ。
ルールを決める前に、相手に委ねてしまったのは確かに痛いが、同時に新八のミスだ。言い返す術など何もない。
「こうなったら、イカサマするっきゃないんでないか? こっそりマーキングするとか。」
「甘いぞ沖田君。彼女は歌舞伎町中の賭場を束ねるギャンブラーの女王だ。その程度のイカサマ、見切られるに決まっている。」
「じゃぁどうすんですかぃ。すでにこっちはでっかいハンディ背負ってんだ。こいつのビギナーズラックに賭けますかぃ?」
「それこそ勝率の低い賭だろう。」
そして三人とも、黙り込んだ。
華陀は、賭の景品として多額の現金と、新八の眼鏡を要求してきた。高官とはいえ公務員の伊東も、ましてルーキーの沖田や高校生の新八に払いきれない額だ。捜査費として落とすのは、内容がギャンブルの賭金であるため、不可能だ。
「………すみません。」
新八が、ぽつりと落とす。
「もっと、ルールとか確認すればよかった。」
「そうだな。道が一度拓けたことは確かだが、進むのは早計だった。」
伊東の言葉に、ますます新八はうなだれる。そこへ、沖田が割り込んだ。
「んなこと、今更言ってもしょうがないでさぁ。」
「仕方がないだろうが、このままでは我々に勝ち目などないだろう。」
「やってみなきゃ、判らないですぜぃ。」
「ビギナーズラックに頼るのか?」
「もっと確実なモノが、あるでしょうが。」
言って、沖田はニヤリと笑った。不安そうな新八の眼鏡を奪う。
「沖田さん?」
「向こうもこいつを景品にしたからには気づいてるだろうが、言ったよな、『実力を見せろ』って。」
「運のことか?」
「違いまさぁ。」
眼鏡をかけてみて、「うわ、度がキツすぎ」と笑った。外してまた、新八に返す。
「『見える』だろ? おめーなら。」
イカサマになるかもしれないが、問い詰められても物証などでない。そう、沖田は二人にささやく。
そして。
新八は、賭に勝った。
「気づかれていた、と思うかい?」
すっかり暗くなった帰り道、そう伊東は二人に問うた。
傘下の妖魔には、あのようにヒトの精気を奪うことのできる者はいない。また、そのような能力を持つフリーの妖魔の情報も、差し障りのない程度に教えてくれるという約束を、三人は得た。
「気づいてるはずでさぁ。こいつのこと、絶対知ってたはずですからねぃ。」
知ってて、新八が必ず勝てる条件を、華陀は用意してくれた。
あとは、三人が気づいて、そしてイカサマとして糾弾される覚悟で新八がそれを行えるか。
新八は、そう言う意味でも賭に勝ったのだ。
「何だか、借り作っちゃいましたね。」
「借りなどではない。」
助けてくれた。
新八からすればそう取れる賭だったが、伊東はきっぱりと反論した。
「最初から、我らに協力的であれば良かったのだ。そもそも、警察への協力は市民の義務だろうに。まぁ、奴らを市民というのも難しい話だがな。」
「市民、でしょう? 人と同じ姿を取れる妖魔は、その姿でいる限り市民権を得るって法律になったはずですぜぃ。」
「欧米では考えられない事だな。」
キリスト教圏では、唯一神以外の霊的存在を、神として認めない。天使として位階を授けるか、妖精と立場を縮小化させるか、悪魔として貶めるかだ。
≪黙示録の戦い≫とその後の闇の世界の混乱において、人ならざるアヤカシの存在は、人間の暮らす光の世界にも知らしめる事態になった。宗教的立場から妖魔の排斥を叫ぶ欧米と違い、日本は≪出雲≫を始めとする退魔能力者が間に立つことで、共存の道を選んだ。全てのアヤカシを妖魔として排除すれば、八百万の神の元となる自然霊まで否定してしまうことが、最大の要因だった。
宗教的に混沌のるつぼである日本は、闇の世界からも全てを受容する、世界でもまれな土地となった。
「そんな外来妖魔を排除しきれないからこそ、こんな事件も起こるわけだがな。」
「ま、そーゆー連中を排除すんのが、俺等の仕事なわけですぜぃ。」
二人の会話を、新八はぼんやりと聞きながら歩く。
排除。
自分の周りには、市民権を得て生活している妖魔はいない。時折客でやってきたり、昨日今日で出会った者たちばかりだ。
実感は、湧かない。けれど。
(急に、実はこの人が妖魔で、それで排除されちゃったら、僕はどうするんだろう………。)
人を襲う妖魔の恐ろしさは、知っている。
人の血。精気。肉。魂。
それらを糧にする妖魔は少なくない。
自分たちの生活が脅かされる。妖魔の存在が発覚した当初、特に主婦層から、そんな意見が出た。そのため、日本も妖魔排斥の立場に傾いたこともある。
今それが、共存へと進みつつあるのは、本当に≪出雲≫らの尽力のおかげなのだろう。
(おかげ?)
『せい』ではなく、『おかげ』と取る。
精神感応能力の高い新八は、そのため悪しきモノに狙われることも多かった。それを、こんな風に感じられるようになったのは、やはり、『万事屋ギンタさん』でバイトを始めたからなのだろう。
くす、と笑う。
前を行く伊東と沖田は、話に夢中だ。もう一度笑って、二人に追いつこうと歩みを速めた、その時。
「え?」
新八は、振り返った。
気のせいか。繁華街を外れた通りは静かで、一瞬そう思いかけた。が。
『………っ。』
また聞こえた。気のせいではない。確かに、助けを求める声が、『聞こえた』。
「………高ちんっ!」
新八は走り出した。
声の主は探していた友人だと、何故か確信した。
追われる。
少年は走る。後ろを振り向きながら、走り続ける。
追っ手はゆっくりと歩いているのに、どうしても差が広げられない。
何度目かの角を曲がって少年は、そこが袋小路であることに気づいた。焦るあまり、見知ったはずの地理すら判らなくなっていた。
振り返る。
追っ手が迫る。小路の入り口を防がれる。
逃げ場はない。
「た、助けてくれ………っ!」
自分を捕らえ、先に囚われた男二人を笑いながら殺した男に、それでも少年は懇願した。
死にたくない。
「殺さないでくれっ! 頼む、お願いだ、何でもするからっ!」
「殺さないよ。」
男は、にたりと笑った。眼を覆うミラーシェイドのバイザーが、点滅する街灯を反射して不気味に輝く。
「ここではね。アンタは大事な人材だからねぇ。」
男は、一歩一歩近づいてくる。その手には刀。いや、あんなものが刀であるわけがない。
幅広の刃から生えた触手が、不気味にうごめく。
「アンタの精気は、あの人に捧げなくちゃいけない。ここで殺すなんて、しないよ。」
「ひぃぃぃっ!!」
先に殺された男達の死に様を思い出し、少年は悲鳴を上げた。
男は構わず、少年に手を伸ばし。
「おや。」
すっと飛び退いた。そこを、光弾が着撃する。
「おや、かわされちったぃ。」
沖田だった。そのすぐ後ろに、息も絶え絶えの新八がたどり着く。袋小路の先にいる少年の姿を見て、荒い息をつきながら顔をほころばせた。
「高ちんっ!」
「し、新八ぃぃ、助けてくれぇぇぇっ!!」
むろん、そのつもりだ。新八は、高ちんを襲おうとしていた男を睨む。
男は、沖田と新八へと振り返った。見た限り、人間に見える。もっとも、吸血鬼も吸精鬼も姿は人とさして変わりはない。
沖田が、バズーカを構えた。使い手の霊力を光弾にして撃ち出す、異端科学の産物だ。
「御苑に放置した二件の死体遺棄、ならびに傷害の現行犯で逮捕する。神妙にお縄につきやがれぃ。」
「おやおや。真選組さね。こいつは≪邪視≫も鈍ったかね。いや。」
沖田の口上にも構わず、男は平然と言った。
「むしろ、珍しいモノを見つけたねぇ。これは珍しい、うん。」
「何独り言呟いてんでぃ。気色悪ぃ。」
「あの人への、いい土産ができたねぇ。」
そう言った途端、男は沖田に斬りかかった。すぐ後ろの新八を突き飛ばして、沖田は身をかわす。小柄でスピードに定評のある沖田だ、素早く距離を取ってバズーカを構え直した。
はずだった。
「んだとぉっ?」
男は、沖田のスピードについてきた。禍々しい刃を薙ぎ払う。バズーカを楯に沖田はかわすが、バズーカごと壁に叩きつけられる。
「沖田さんっ!」
思わず新八は駆け寄ろうとしたが、沖田の視線がそれを制した。そしてちらり、と、小路の奥へと視線を促される。
意図を察して、新八は高ちんの側へと走り寄った。
「高ちんっ、大丈夫っ?」
「し、新八ぃ。」
半泣きで、がたがた震えながら高ちんは新八の腕を掴んだ。眼が血走って、頬が痩せこけている。痛々しい友人の変わりように、新八は唇を噛む。
「大丈夫、高ちん。真選組が、助けに来てくれたから。」
そう言って、新八は後ろを振り返った。途端、見えたのは。
凶刃に左肩を切り裂かれた、沖田の姿。
「沖田さんっ!」
壁にもたれるようにして立つ沖田は、一度だけ新八を見やった。が、すぐに視線は男に戻す。男は、刃を塗らす血を指ですくい、舌を出してぺろっとなめた。
気色悪さに、新八は総毛立つ。
「やっぱりだ。思った通りだ。コレは必ず、あの人も喜んでくれる。」
顔を歪めて、男は嗤う。
「アンタを、あの人に捧げることにしよう。」
「………ふざけんなぁ、変態。」
沖田も不敵な笑みを浮かべた。バズーカを担ぎなおし、男に照準を合わせる。
「おっと、抵抗しないでくれよ。あんまり血と精気を流さずに、あの人に捧げたいんだよ。」
「テメェの事情なんざ、知るかぁぁっ!」
咆哮と爆音が重なった。連続して撃ち出された光弾が男を襲う。けれど、男は軽々と身をかわした。連射され、追尾する光弾よりも速く、沖田に肉薄する。
~続く~