学園ものには行進曲が似合うと何故か思ってる若布です。お久しぶりでーす。
やっと上がりました、リク「中学3Zで、土→桂で高→桂で、高vs土。銀八先生はなしで」
「じゃぁ次、桂」
ざわついた体育館の中だというのに、その名ははっきりと土方の耳を突いた。
列に並ぶもの、土方らと同じように空いている場所を探しているもの、お互いの結果を見せあっているもの等で、館内はごった返している。全校生徒の半分くらいはここ第一体育館に来ているのではないかと思いたくなるほどだ。
その中で。
壁にかけられた黒板の前に立つ桂の姿を、土方はいともたやすく見出した。
チョークの粉をつけて伸ばしていた手を下ろし、身体を屈ませる。後ろ頭の高いところで束ねた髪が揺れた、と思った途端、身体は勢いよく跳ねた。引き絞られた弓から矢が放たれた、そんなジャンプから右手は高く挙げられ、目もりのついた黒板を強く叩く。タン、という音を、聞いた気がした。
上下にスライドできる黒板は引き下ろされ、桂の記録が計られる。離れたところからもそのジャンプはよく見えた。垂直飛び担当の教師や同じ班のメンバーの、興奮した声が流れてくる。輪の中で桂は、いつもと同じ平然とした顔をしていて、それが、舞い上がった黒髪がふわりと落ちていく残像と重なって、土方の目に灼きつけられる。
「…かたさん、土方さん」
ついついと、体操服の袖を引っ張られてハっと我に返った。こっち、空いてますよと、原田に壇上を指される。一度に何人もやれる前屈は、確かに行列の進みが早い。
「……今行く」
ふんぎりをつけるように声を上げる。視線だけでなく足も彼から引き剥がすのが密かに苦労して、その事実は土方をうんざりさせた。
土方の通う中学は県下でも有数の名門私立で、年に何人かの東大合格者を出すほどの進学率を誇る高等部と、エスカレート式でくっついている。
仏教系の母体を持つ故に規律は厳しく、非行に走る生徒も殆どいないことが近隣の評価も高めている。文武両道をモットーに、部活動も盛んで全国大会に選手を送り出すこともしばしばだ。また、奨学金をかけて近くには寮も備えていて、全国から優秀な生徒を募っている。
そんな理想的な中等部、或いは高等部ではあったが、天は二物を与えず、非常に大きな欠点を備えていた。つまり。
「今時男子校はないよな……」
である。
しかも、マリア様に見守られた乙女が通うとまで贅沢は言わないが、近くに女子校があるわけでもない。市内に出れば共学の学校はあるし男女交際が禁止されているわけでもないが、毎日の通学路にすら女の子がいないというのは、健康な中学男子のメンタルには厳しいものがあるのだ。
そんな中で、桂小太郎の存在は、ひときわ浮いていた。
まず目を引いたのは腰まで届く髪で、しかも陽光を受けて艶めき、風に流れるような黒髪なのだ。ぎょっとして前に回れば迎えるのは白い頬と筋の通った鼻に筆で書いたような眉、そして凛々しい口元とまっすぐな眼という、「強気な和風美人」のパーツを集めて丁寧に組み立てた顔立ちだ。背は低いわけではないが細身で、しかも一年の時は声変わりもきていなかったものだから、すわ女の子が紛れ込んだかという騒ぎになった。
ちょっと話をするだけでも直視できない、体育などで着替える時にはクラス全員が桂に背を向ける(急いで着替えて後ろ前逆のヤツなんて何十人いたか)、桂がトイレに行くときなどもう大変で、皆が途中だというのに出て行くものだから床が汚れて大変だった(というのは、去年卒業した隅無先輩の言葉だ)。
ピークは一年の時のプール授業で、学校指定の水着で現れた桂に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。逆に、それを境にして桂パニックは収まっていった。桂本人が、外見を見事に裏切るような男らしすぎるさばさばした性格だったというのもあっただろう。
ただ、ふとした瞬間に周りをうろたえさせるようなことはまだ残っていて、弱ったことに内面はアレでも騙されるような色気めいたものがだんだん増してきているのだ。声変わりなんて中二のはじめに終わらせたくせに。
学校中が巻き込まれたパニックは、土方にとって愉快とは真逆のものだった。元々平穏を望むタチに加えて、面倒見の良さから風紀委員長に抜擢されてしまった以上、見過ごすことはできない。「中学男子らしい髪型」に反すると、ずっと髪を切るよう言い続けている。
一方で。
(アイツが髪切ったら、どうなっちまうんだろう)
幼なじみが長かった髪をばっさり切ってしまったような物悲しさを覚えるだろう自分が想像ついて、ぎょっとしたのは記憶に新しい。
いいやこれは顔を合わせる度に髪を切れと言い続けて、それが達成された時の燃えつき症候群に怯えているだけだとまず言い聞かせた。次に、当たり前のようにあったものがなくなったときに寂しいと感じるだけだと言い訳した。
それからもいろいろあって、どうやら桂をそーゆー目で見ているらしいと自覚したのが春休み、年度が改まって桂と同じクラスになって、まず動揺し、次に果てしなく悩み、そしてやっと前向きに考えられるようになった。
周りに女の子がいないから、気が迷っているだけだ。若さ故の過ちというやつだ(まだ犯してないけど)。クラスメイトとして側にいれば、外見よりも素っ頓狂な中身を多く知ることになるだろう。そうしたら冷めていくはずだ。きっと。たぶん。
やっと、そう思えるようになったというのに。
(何やってんだ俺はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)
「土方、左握力75kg」
どよめきに、我に返る。そうだ、体力診断の最中だった。
「すげーな、土方」
「あれゴリラだって出せねーよ」
「右よりもスゴい。土方さんて左利きでしたっけ?」
記録しながら訪ねる原田に「人間死ぬ気になりゃぁこんだけできンだよ」と無愛想に答える。気づいたら視線はまた、体育館の中をさまよっていた。
長い髪と整った顔立ちだけではない、桂には人目を引き寄せる何かがある。たとえごった返した人混みの中にいても、すぐに見つけられる。
はたして、目指す姿はすぐに見つかった。さっき終わらせたはずの垂直飛びのところに、まだいた。こんな風に探して、姿を見出すたびにほっとするのなら、出席番号順で班が別れたことを喜ぶんじゃなかった。
桂の周りに、同じクラスの顔ぶれはいない。話しかけているのもどうやら、一組のヤツのようだ。二言三言会話をして、桂はそこを離れた。入り口に同じ班のメンバーがいて、桂の合流を待って体育館から出ていく。
「悪ぃ、すぐ戻る」
まだ班のメンバーが握力を計りきっていないのをいいことに、土方は断りをいれて離れた。向かう先は、もちろん垂直飛びのコーナーだ。桂がさっき話しかけていた相手は、簡単に捕まえることができた。
「あれ、土方?」
桂ほどじゃないが、土方も風紀委員長や剣道部主将として知名度が高い。相手のことは下の名前も知らなかったが、向こうはこっちを知っていたようだ。
「何の用だよ」
「さっき、桂がお前に話しかけてたろ」
桂、の名前を出した途端、相手の顔が判りやすくにやけた。ぶん殴ってやりたい衝動を、何とか堪える。
「そうなんだよ、あの桂に話しかけられちゃってさぁ!」
「偶然だろぐーぜん」
「そうそう、桂はお前の名前も知らなかったんだから」
「うっせーよっ」
一組のメンバーがやいのやいのと口を挟む。騒がしさに担当教師の雷が落ちる前に、土方は「それで」と口を開いた。
「何を話してたんだ?」
「何って」
続けられた言葉に、土方の眉は思い切り跳ね上がることになる。
「高杉はどうしたんだって」
「桂と高杉の関係?」
反復横飛びの順番待ち中、土方に尋ねられた桂は首をひねった。
「お前、二年とき高杉と同じクラスだったろ。どうだったんだ」
「まぁ、そうですけど。何でまた?」
返された問いは予想どおりで、楽に準備していた言葉を紡ぐ。
「一組のヤツに高杉のことを聞いてたらしい。いくら仲がいいっつっても、他クラスのことまで首つっこむなら限度を越えてるだろ」
「首つっこむって言っても、そんな大したもんじゃないですよ。高杉がサボりぐせあるから、桂がいつも気にかけてるくらいで」
「それで、よそのクラスにも顔出すってか?」
一年の時は休み時間ごとに通っていたらしい。今では教師連も、高杉への伝言を桂にも言付けるほどだ。それはどうなんだと、いろんな意味で思う。
「つーか、何だって桂はそんな」
「幼なじみだって、聞いてますけど」
「それにしたって度を超えてるだろうがよ……」
マンガにあるような幼なじみとの微笑ましい光景を、土方は小学生のうちに手放した。
照れもあった。幼いプライドを刺激されたのもあった。女じゃなくて、男同士だから続くものもあるのだろうか。もっとも、彼女の弟やもう一人の幼なじみにかいがいしくされてもぞっとするだけにしか土方は思えないが。
「もうちょっと別の、何かもあるかもですねー」
「何かって何だよ」
「いや、俺の勘ですが」
勘でものを言うな、と言いかけたところで、笛がなった。前のグループが終わって、土方たちの番だ。立ち上がって床に引かれた線の上に並ぶ。それで、その話は途切れた。
授業の一環であることに手を抜くほど、土方は不真面目ではない。負けず嫌いでもある。ほっぺたを叩いてそれまでの思考を頭から追い出し、腰を屈めた。
「それでは行くぞー」
笛が高らかになる。
真横への反復移動という単純だが激しい運動は、頭を空っぽにするのにぴったりで、終わる頃には桂と高杉に関するもやもやは、完全ではないが吹き飛ばされていた。
~続く~