一週間と一日遅れで沖田誕生日。
………なんか沖田がブルー入ってるというかなんというか。
信号待ちをしている時だった。
四つ角の向こうに、どこかで見たような長髪と白ペンギンの後姿を見つけた。ちょうど向かいからは、これまたどこかで見たようなチャイナ娘と眼鏡がやってきて、二組は当然のように出会った。遭遇は挨拶だけではすまなかった。チャイナの方はでかい笹を担いでいて、多分七夕のためのものだろうそれを掲げるようにして長髪に見せている。何を言われたのか、眼鏡は照れくさそうに笑い、チャイナは得意げな笑顔を見せる。そのお団子頭を撫でてやる長髪が、今どんな顔をしているかとか。
「………土方さん、アレ。」
考えるのを途中で投げ出し、助手席でタバコも吸えずに腐っていた上司を呼ぶ。「あぁ?」と顔を上げた土方は、次の瞬間鬼のような形相で身を乗り出した。
「桂かっ!?」
「みたいですぜぃ。」
「行くぞ、総悟っ!」
「待ってくだせぇ。あいつがいやす。」
沖田はあごをしゃくってみせた。その視線の先が捉えているのは。
「今つっこんだらあいつも巻き込んじまいやす。局中法度四十六条に引っかかりまさぁ。」
「んなこと言ってる場合かっ!」
「うわひでぇや、てめーの功績のために、近藤さんが悲しんでもいいなんて、アンタそれでも近藤さんの右足親指ですかぃ。んーな奴に副長の座を任すわけにはいかねーなぁ、てことで死ね土方。」
「俺の功績じゃねぇ、近藤さんと真選組のためだろーがっ。てゆーか何だよ右足親指ってのはっ!?」
「あの人の右腕も左腕もアンタにゃ役者不足ってことでさ。てめーなんか右足親指の毛で充分でぃ。」
「なお悪くなったーーーっ!?」
などという漫才をパトカーの中で繰り広げてる間に、信号が青になる。それを機に、チャイナと眼鏡は長髪から離れた。
「今だ、総悟っ!」
と指図される前に、沖田はクラクションを鳴らしながらアクセルを踏み込む。対向車が慌ててブレーキを踏む中、人の渡ろうとした横断歩道を突っ切って歩道に乗り込んだ。
こちらを見た長髪はひらりと身をかわして、懐から取り出した何かをフロントガラス目掛けて叩きつける。防弾であるはずのガラスに蜘蛛の巣のようにひびが走った、と思った瞬間。突き刺さったその棒から白い煙が噴き出した。
慌てて車内から飛び出した二人が見たのは。フロントガラスに突き刺さった、「ばいびー」と書かれた旗。
「………くしょぉぉぉぉぉぉっ!!」
派手に土方が悔しがる。まぁこんなもんだろうなと、痛む目をこすっていた沖田に、土方は訝しげな声をかけた。
「てーか、今日はやけにやる気がねぇじゃねーか。」
「あぁ。」
目がひりひりする。目薬は持ってはいるが、土方をおちょくるためのカプサイシン入りだ。仕方なく、ポケットから取り出したハンカチで目を押さえる。
「生理だったもんで。」
「んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
翌日。
隠れ屋に私服で現れた沖田に、桂は顔をしかめて見せた。
「何のようだ、芋侍。」
「ちょっと野暮用でさぁ。まぁ気にしねーでくつろいでくれや。」
勝手に縁側から上がり、畳の上をごろごろ転がる沖田を見て、呆れたように溜息をつく。
「そういう台詞は客人を迎えてから言うものだ。貴様のようなだらけきった態度が客人を迎えるにふさわしいものであると、まさか思っちゃいるまいな?」
「まさかぁ。」
「だったらまず姿勢を正せ。そして一礼してからやり直せ。」
どこかずれたツッコミを無視する。桂はそれ以上言わず、沖田を見つめる。気になる、というよりその後ろの白ペンギンに近寄らせないための牽制だろう。ペンギンは表情の読めない顔で、先ほどまで桂が手にしていた筆と文を片付けている。攘夷がらみと見当はついたが、あえて覗く気にもなれなかった。
やがて白ペンギンは部屋を出て、今度は急須と湯飲みを持って戻ってくる。淹れられた茶を一口すすって、再度桂は口を開いた。
「それで、何のようだ。」
「だから、野暮用でさぁ。」
ごろん、と仰向けになる。その脇に、湯飲みが一つ置かれた。
「飲むなら姿勢を正せよ。」
「………こんな蒸し暑いのに茶なんか飲めるかっての。」
「暑い時こそ熱いものだろう。冷たいものばかり摂っていると、夏ばてになるぞ。」
説教くさいことを言いながら、桂は茶をすする。湯のみとは反対方向に体を反転させて、腕を投げ出した。そしてもう一度、逆向きに転がり元の位置へと戻る。
「こら。転がるな。こぼれるだろう。」
「そんなへましねーや。」
顔を畳に伏せる。
どうにも調子が出なかった。昨日はそれでも本気でパトカーを突っ込ませたが、どこかでかわされることは予想がついたし、実際そうなってもあまり悔しくなかった。ただ、諦めに似た気持ちで。
原因は、判っているのだけれど。
「………随分な機嫌ではないか。」
「まーねぃ。生理なもんで。」
「そうか。」
男だろうがというツッコミも何もなく、桂は答える。まさか沖田を女だと思っているわけではあるまいが。
「誕生日だというのに、ご苦労なことだ。」
その言葉に、沖田は顔を上げた。
桂は涼しい顔で、湯飲みを煽っている。その視線すら、沖田には向けていない。
「言っておくが、死合うことはせんぞ。」
湯飲みを下ろしてそう言う顔は、目じりをたらすことも口端を持ち上げることもなく、ただ無表情で。
それはあまりにも、いつもどおりの顔で。
いつもこいつが浮かべるのは、まず無表情。それと馬鹿にしたような顔。嫌なものでも見るような目。邪魔だと言わんばかりの溜息。偉そうな眼差し。
手を伸ばして押さえつけて肌を暴いて貫いて、それでやっと苦痛に眉が歪むのを拝められる。そのとき滲む涙も、感情の発露というよりただ痛みを耐えようとする副産物に過ぎない。
それでいいと、思っているつもりだった。どこまでも上から目線の表情を、歪ませてみたかった。鼻っ柱をへしおって、見下す相手に組
み敷かれる屈辱を、その顔に浮かべさせてみたかった。
昨日、あの光景を見たからだ。
チャイナ娘にあんな笑顔をさせる、その顔を自分にも向けさせたい、なんて思うのは。
「おい。」
ごろごろごろ、と転がって、桂に腕を伸ばす。腰をつかんで膝に乗り上げれば、細い身体がかすかに強張るのが判った。伸ばした手を振
り払わず受け入れるときには仕方ないと肩をすくめるこいつも、それなりに動揺してるのだと悟ると、胸のうちが少しだけ空く。
細腰にしがみつきながら、顔を膝にうずめた。肉付きの悪い太ももも、布越しだと程よく柔らかくなると気づき、深く息を吐き出す。
「沖田。」
「動くんじゃねーやぃ。斬るぞ。」
「死合うのはごめんだと言ったろう。」
「ならこーしてろぃ。」
せめて今だけでも。このぬくもりを。
上から溜息が降ってくる。
手が沖田の後頭部に触れた。髪をすくでもなだめるように叩くでもなく、ただ軽く置かれている。
幼いころ、こうやって甘えた柔らかい膝を重ねて、沖田は目を閉じた。
~Fin~