後編、DVD13巻でvsやってるといううわさの二人。………こいつら優遇されてるよなと我ながら思います。
銀さんが言ってる「去年」の話は、拍手に更新しました。サイト始める前、こんな妄想してたんですよ。今の党首の図太さからすると考えられませんが(爆)。
財布も持たずに放り出されたために、パチンコに避難することもできない。ズボンのポケットに入っていたなけなしの小銭で、缶コーヒーを買った。この自販機は、イチゴ牛乳を置いてないのがいけない。
路肩に停めたべスパにもたれかかり、一口飲む。糖分もミルク分も足りなくて、銀時には苦すぎる。
「あーもう、散々………。」
空を仰ぎ見る。
雲は相変わらず多いが、雨の降る気配はない。本当に梅雨かと疑ってしまう。雲の間からもれる光が、むしろ眩しいくらいで銀時は目を閉じる。
今雨に降られたらそれこそ泣きっ面に鉢なのだが、なんで一雨こねーかなー、と口の中で呟く。
毎年この日は雨だった。
しとつく小雨が降り続き、髪の毛は膨らむわ空気がうっとうしいわ饅頭に髪は生えるわ足は臭くなるわで、ろくな思い出がない。気分まで滅入って、おまえみてーにじめじめしてる、と心無いことを言ったりもした。
けれど彼は、この季節の天気をむしろ誇りにしていた。それは。
「………降らねーな、恵みの雨がよぉ?」
ククっと低く喉を震わせる声。
反射的に銀時は目を開け、木刀を掴む。跳ね起きた体と視界は、道の向かいに紅い友禅を見とめる。
「相変わらず、腑抜けてんなぁ。」
笠を少しだけ持ち上げて、ゆっくりと歩いてくる。力を抜いた、だらしない姿勢。けれどそれには、少しの隙もない。
負けるとは、思わない。
けれど、簡単に勝てる気もしない。
首筋の毛が粟立つ。
あの頃に引き戻されそうな感覚を抑え、口の端を持ち上げてみせる。
「そりゃぁおめーもじゃねぇの? 相変わらず人の話を聞かねーよな。それとも、一年以上も前のことは記憶にゴザイマセンってか?」
「人の話を一番聞いてなかったのはヅラだろ?」
自販機の前、べスパの前輪からほんの数十センチ先に、高杉は立つ。余裕で木刀が届く、銀時の間合い。
そして同時に、高杉の刃も届く、彼の間合い。
「強引グマイウェイなのは同じだろ? つーか本当に堂々としてるよね、お尋ね者の自覚ないよねお前もヅラも。」
「部下どもに陽動はさせてるさ。まぁ理由に気づいたのは、万斉とかまた子とか武市とかぐれーだろうがな。」
「あーらら。鬼兵隊の皆さんかわいそー。」
高杉は自販機にコインを入れ、ボタンを押した。缶が取り出し口に落ちる音は、屋外だというのにやけに大きく響いた。
ゆっくりと身をかがめ、コーヒー(無糖)を取り出す。………今なら斬れる。
だが銀時は、木刀を掴んだ右手を動かすことはできなかった。
「………と、それで思い出した。お前あれ、何よ?」
「あれ?」
「とぼけんじゃねーの。お前あの眼鏡くんに、ひでーことしたろ?」
顔は銀時に向けないまま、高杉は考えるように眉を寄せる。
「誰かに側にいてほしい、構ってちゃんな寂しがり屋さん。どっかの誰かにそっくりじゃねーの。」
「そのくらいで同情が沸くのかよ。安いな、テメェは。」
手の中で、封も開けずに缶コーヒーを弄ぶ。顔は変わらず逸らされたまま。
だが銀時は、高杉の視線が間違いなく自分に向けられていることを自覚する。
「テメェこそ、どういうつもりだ? 俺らにとってあの狗共がどういう存在か、知らねぇわけじゃあるめぇ。」
「俺ら、ね。」
その言葉に、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「そりゃ、これから先多串くんをからかって遊ぶために決まってんだろ? せっかく向こうから弱みちらつかせてくれたんだから。後はまぁ、退職金全部くれるっつってたし。金づるだよ金づる。」
「ほぅ?」
今度は高杉が肩をすくめてみせた。
わざわざ言わずとも、それが建前に過ぎないことを高杉は知っている。そして、本当の理由も。
今の問いはただ、銀時の反応を見てみたかった、それだけに過ぎない。
「たったそれだけの理由で、土方にこれ以上のお咎めがかからねぇようにわざわざ奴等の隊服まで着て協力してやったってわけかぃ。随分とサービスがいいんだなぁ万事屋ってのは。」
「そりゃ、プロですから。」
「本当に、テメェは甘ぇよ。」
高杉の声音に、初めて嘲い以外の感情が乗った。右手に力を込める。
腰から抜かれそうになる己の刀を、顔を上げた高杉が止めた。視線と、殺気で。
「ヅラも大概だが、テメェは本当に反吐が出るほど甘ぇな。」
「銀さん甘党だもーん。」
「黙りやがれ。」
低い声に、軽口をつぐむ。
缶を持ったままの高杉の右手に、懐から抜かれた左手に、半身でこちらを向く体に、肩幅に開かれた足に、刺すような右の眼に。銀時の意識が集中する。
抜くか、と思われた手はけれど動かず、高杉はにやりと口端を持ち上げた。
「馬鹿みてぇな看板出して。ガキ共つれたまま身を隠そうともしないで。奴等の襲撃を受けねぇのは何でだと思う?」
「何でって。」
それだけ呟いてから、唇を噛み締める。
高杉に言われるまで思い当たらなかったなんて、間抜けもいいところだ。
「今のテメェは彼奴の背中護ってるつもりで、彼奴に護られてんだよ。」
高杉は喉を震わせる。細められた眼は、楽しそうな声とは裏腹に微塵も笑ってはいない。
「おめーはどうなのよ? あんな不良と付き合っちゃって。」
「俺は、自分の立場は自覚してるぜ。」
今度こそ、眼も口も声も笑う。
一番足枷となり得る位置にいながら、それでもただ餌にはならないという彼の強い自負。それを思い、銀時は溜息をこぼす。
「ほんっとお前は手のかかる子だよね。」
「テメェに言われたかねぇよ。」
もう一度笑って、高杉は動いた。流れるように後ろへ下がり、間合いから出る。
「………高杉。」
「木刀でこの俺とやりあおうってか? 随分と舐められたもんだなぁ。それに。」
その言葉を紡ぐとき。隻眼からほんの僅か、険が薄れる。
「今日降るのは血の雨じゃなくて慈雨だろ?」
この季節がお前のようだと、私も思うよ。
長く降り続く雨は田畑を、山野を潤し、万物に生きる力を与えてくれる。
雲の上に陽の光を、新しい季節を携えながら。
この雨が、秋の実りを約束してくれるのだから。
「………ヅラに、会った?」
そう問いかける声は自分でもびっくりするほど穏やかだった。
高杉がす、と眼を丸くし。そして、また笑ってみせる。
「わざわざ涙雨降らすほど野暮じゃねぇよ。」
それだけ答え、高杉は身を翻した。小さくなる後姿を見送りながら、銀時は息を吐き、右手を下ろす。
銀時に釘を刺すことで、プレゼントだと言うつもりか。
「………つーか、去年泣かしたヤツが何言ってんの。」
落とした言葉はじめじめとした空気に滲んで溶けた。
川原で白ペンギンと二人っきりで番組ジャックして遊んでた阿呆を蹴り倒すのは、このすぐの話。
~Fin~