ギンタマンオムニバス桂編、やっとスタート。前編ですがどこまでいくのかまだ判りません(爆)。←まだ書き終わってない。
そんじゃ、夜勤に行ってきますー。
眼を閉じれば、
浮かぶ光景がある。
護らなきゃと思った、これはその最初の。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
「で、出たぁぁぁーーーーっ!」
「た、たす、たすたすたすたすたす………っ。」
悲鳴を上げるクラスメイト達を庇うようにして立つ。竹刀を顔の右脇で構え、目の前の怨霊を睨みつけた。
「ここは俺がおさえる、早くにげろっ!」
「こ、こたろうっ。」
「いけっ。」
クラスメイト達はわたわたとトンネルの入り口へ向かって走り出す。その足音を聞いて、桂は下唇を嚼んだ。
本来なら自分が止めるべきだった。
夏休み最初の登校日で、久しぶりにクラス全員が、遠くから来る休みには中々会えないものもそろって、それで悪ガキ連中の間でいつの間にか決定していた肝試し。町の西側の、山を抜けて隣町に繋がるこのトンネルが「出る」というのが本当だと、桂は知っていたのだ。
集落を守護する神社の跡取りとして、こういう危険な遊びは止めるべきだった。それを、「小太郎がいるならだいじょうぶ」とばかりに同行までしてしまって。
「………お前のねむりをじゃましてしまって、ごめんなさい。だが。」
怨霊が咆える。普通の人間なら腰を抜かすだろう咆哮だが、祓霊師としての修行を積んだ桂は堪えた。竹刀に手を添え、祝詞を口にする。今は長い祓詞を唱える時間はない、紡がれたのは四十七音からなる、ひふみ祓詞。
触れようと伸ばされた腕をかわし、その腕に竹刀を叩きつけた。瞬間、竹刀から光が迸る。
身体を持たぬものを灼きつくす光。怨霊の声があがる。今度のそれは、苦痛から来る悲鳴。
「なっ?」
だが、怨霊は消えなかった。もう片方の手が死角から伸び、桂の左肩を掴む。氷でも押し当てられたように肩がひりついた。竹刀をその腕に向かって突き出し、手を振り払う。数歩距離を取ろうとして、急に足が崩れた。
「しまっ、」
「小太郎っ!」
石ころが怨霊めがけて宙を飛んだ。それは実体のない身体を通り過ぎ、まったくダメージを与えることはできなかったが、怨霊の注意は桂から逸れる。
「ぶじか、小太郎っ!」
「晋助っ?」
驚いて声を上げた。クラスメイトと一緒に、さっき逃げたんじゃなかったのか。
「ばか! なんでもどってきたっ!」
「ばかはテメーだろっ。俺よりよわいくせに、なに一人で残ろうってしてんだよっ。」
「よわくなんかないっ。それに、俺は香取のあととりとして、」
「よわくないってゆーのは俺から一本取ってからにしろよっ!」
叫ぶ幼なじみは桂の側により、力の奪われた手から竹刀をもぎ取った。腰を低くし竹刀を当てる、居合いの構え。共に学ぶ、香取神道流の型。跳躍して竹刀を怨霊につきつける、そのスピードは桂以上だ。
だが違う。
霊を祓うための呪術剣法ではない、晋助のそれはただの剣道なのだ。霊的には無力な剣は怨霊の身体をすりぬける。
「えっ、」
戸惑う晋助を包み込むように、怨霊は両腕を広げた。三度上がる声。力を奪う咆哮でも苦痛の悲鳴でもない、それは歓喜の叫び。
「晋助ぇぇぇぇぇっ!!」
哀れな犠牲となろうとする幼なじみの名を呼ぶ。他の祝詞も、呪具を取り出すこともできない。ただ、取り込まれようとする後ろ姿を見つめるだけで。
その時。
つんざくような轟音と共に、雷が走った。銀色の雷光が怨霊を焼き尽くす。強い光に照らされるトンネルの中に、桂は人影を見た。
自分と同じくらいの子供の背丈。白一色の浴衣、白銀のふわふわした髪。そこから伸びる、一本の角。
「………銀………?」
「だーから言ったろ? ここは止めとけって。」
不機嫌を隠そうともしない顔で、銀は桂に向き直る。
「銀さんが来てやったからよかったけど、そうじゃなかったらお前もこのちびも今頃コイツにぺろりよ? ただでさえ実体ないのはやりづらいんだから、ていうかコレもう動かないよね? 出てこないよね? 成仏したよね? 何とか言えよ俺ばっかりしゃべっててもしょうがないだろおめーの声聞かせてみろやぁっ。」
「晋助っ。」
何故か怒り出した銀を無視して、ぐったりと倒れている晋助の側に走り寄る。抱え起こすと、意識のない口から「ふぇぁ……。」と情けない声があがった。落雷のショックでこの程度ですんだのなら、良かったと言えるだろう。
「てーか無視ですか。せっかく助けに来てやった俺に対してお礼とか感謝の気持ちとか、糖分的な気持ちを表すモンはないわけっ?」
「助けるなら助けるでちゃんとしろっ。晋助、ぐったりしてるじゃないかっ。あんな大技、危なすぎだっ。」
「実体ない相手に手加減なんてできるかぁぁぁっ。油断してたらこっちが取り憑かれちゃったりするんだぞっ? つーか助けられたくせしておめー態度でかすぎっ!」
「でかすぎじゃない、高杉だっ。」
「ちげーよおめーだよこの馬鹿ヅラっ!」
子供だけで行っては行けない場所(by夏休みのしおり)に行ったことは結局ばれ、肝試しのメンバーは先生とそれぞれの親からこっぴどく叱られた。
その雷の中、桂は思ったのだ。
自分は祓霊師なんだから。自分が護らなきゃいけないと。
両方の眼を開けると、桂の視点と彼の視点がないまぜになって目眩を覚えた。思わず眼を閉じ、大きく息を吐く。
身体中が痛い。特に両肩と、腹部。そこを切り裂かれたんだっけと、ぼんやりと思い出す。………頭が重い。
「おおヅラぁっ、気がついたか?」
そこに脳天気な声が響いて、思わず顔をしかめた。
「良かった良かった、いつまで経っても目を覚まそうとしやーせんから、こりゃあー王子様がちゅーしやーせんと起きないんやかってぞうをもんだがだ。」
「………坂本?」
「そうじゃー。ヅラ、どこか痛いとこないか?」
「ちょっと黙れ、頭に響く………。」
「ほりゃあおおごとじゃ。あっはっはっはっはっはー。」
響く馬鹿笑いに、耳を閉じようと両手を持ち上げた。腕が重く、力が入らない。
ふわっと耳を包むように、大きな手が添えられた。筋肉の少ない筋張った、けれど温かい手。
「ヅラはしょうまっことひやい肌してるのぅ。」
トーンの抑えられ、少し低くなった声は、馬鹿笑いと逆に耳に心地良い。
「血がまだ足りないんじゃな。はやちっくと休んどけ。」
「休む間などない。あれから、幾日が経った………?」
「まだほがーに長いことは経っちゃーせんよ。やき心配しやーせき、休め、な。」
嘘だ、と直感で悟る。が、そっと額から眼にかけて撫でる手が、ゆっくりと眠りを誘う。「おんしはよおがんばった。やき、今はゆっくり休め。」
「がんばってなんか、ない………。」
大きな手を掴もうと、右手を動かす。だが、その手は坂本に取られ、優しく握りしめられる。
「休め。」
耳元で囁かれ、桂は眠りに落ちる。
本当に頑張ったのなら、あんなことにはならなかった。
「もう誤魔化しは利かねぇぞ。改めて全部吐け。」
目の前のパイプ椅子にどかっと腰を下ろし、据わった眼で睨みつけてくる土方に、桂は涼しい単眼を向けた。
「その前に、≪結社≫による被害状況と、あれからどうなったのかを教えろ。」
「お前どんだけ偉そうなんだよっ。こっちは警察だぞケーサツっ。んでもってお前はテロリストでも何でもねぇただの一般市民なんだよっ。判ったらとっとと協力しやがれっ。」
「一般市民、か。」
「何がおかしいっ?」
「いや別に。」
土方はがしがしと頭を掻く。苛ついてはいるが、その目はどこか痛々しいモノを見るようだ。その視線が右腕の点滴や管頭衣の端々から覗く包帯ではなく、左眼の眼帯に向けられていることに気づき、ゆっくりと口端を持ち上げる。
「別に、貴様に同情されるいわれはないのだがな。」
「わーってるよンなこたぁっ。………ただ。」
土方はそっぽを向く。
「オメーが総悟のことも全部抱え込んで、その怪我かと思ったら、ちょっと、その。」
「何だ、はっきりしない奴だな。」
「うるせーっ、ただ警察の義務として気になっただけだっ。」
真っ赤になって怒鳴る姿に、くすくす笑う。余計真っ赤になる土方に、「落ち着け。」と手を挙げた。
「貴様が気に病むことはない。俺の、責任だ。」
「だろーな。お前が素直に俺らに協力してりゃ、ここまで酷ぇ怪我することもなかったろ。」
桂は黙りこんだ。
まだ五月のはずだが、外はしとしとと雨が降っている。窓の外は灰色で、遠くに見えるビルや木々の色も雨に溶け込んでいた。
「………沖田は。」
「あ?」
「どうしている。」
あの時見捨てたくせに、と罪悪感が胸を浸す。答えてもらえないだろうと思った。が、予想に反して土方は穏やかな声で答えた。
「ちょーっと混乱したみたいだがな。今は落ち着いてる。ウチの精密検査にも素直に応じてるし、ちょっと俺が顔見せりゃ悪口雑言垂れ流しだし、変わんねーよ。」
「………そうか。」
言葉よりも土方の表情に、桂は安堵した。
今まで自分は何を危惧していたのだろうと思うと、また視線が土方から逸れる。
「他の者、お通殿は?」
「………ありゃぁ、酷いな。」
土方の声がはっきりと低くなった。
「興奮してワケ判んねぇこと口走ったかと思えば、急にぴたっと動かなくなったりもするし。こっちのいうこと拒絶する時はまだいいが、何も聞こえてねぇみたいに同じ姿勢で何時間もいたりするしな。回復するのに時間かかるって、医師は言ってた。」
「………そうか。」
桂はうなだれる。
精神的な傷がたとえ回復しても、社会的な回復は厳しいだろう。国技館で多くの人々が、お通が化け物に取り憑かれるところを見たのだ。彼女の歌手生命にとって、それは致命傷たり得る。
「彼女にも、新八君にも悪いことをしたな。」
「オメーは寺門通を救い出したんだろうが。」
「いや。」
伏せた顔を、ゆっくりと上げる。眼帯越しに左眼に触れた。
「あの時俺は、秤にかけて、そして見捨てたんだ。沖田も、お通殿も。」
あの後東京に何が起こるかも知っていて。その全てを。
左眼から手を下ろし、土方を見やる。目を見開いたまま動かない彼に、優しく笑ってみせた。
半ば腰を浮かせた土方は、ゆっくりと息を飲む。そして、一度閉じた口をもう一度開いた。
「かつ」「ヅラー入るアルよー。」
そこへ大きな音をたてて、ドアが開いた。二人ははっと入り口を見る。
「お見舞いの品、集まってるアルか? 食事制限かけられてる可能性も考えずに送られてきたモモ缶とかフルーツバスケットとか、私がちゃんと処分してやるから安心するヨロシ。」
そう言って部屋の中にずかずかと入り込み、ベッド脇の床頭台に目を向ける。
「んだよこれだけアルか。しけてんなぁ。」
不躾な言葉を、桂も土方も聞いてはいなかった。二人の視線は入り口に立ち尽くした新八に注がれたまま。
先に均衡を崩したのは、桂だった。
「………そういうことだ、新八君。」
先ほど土方に向けたのと同じ笑みを浮かべる。
「お通殿の救出が遅れたのは、ミカエルに邪魔されただけではない。俺自身が、彼女を犠牲にしてでもと」「いえ。」
新八は桂の言葉を遮った。すたすたと歩み寄り、桂に持ってきたカバンを渡す。
「これ替えの下着です。神楽ちゃんがその差し入れ食べたら中に入れといてください。」
「おい、志村。」
「それじゃ僕、用事ありますから。」
それだけ言うと新八は、部屋から出て行く。言葉なくそれを見ていた桂の耳に、「ちょっと、廊下は走っちゃダメよっ」と看護婦の叱責が届く。
「………いいのかよ、あれ。」
土方の言葉に、桂はゆっくりと頭を振った。
「責められるつもり、だったのだがな。」
その権利が、新八にはある。いや、新八だけではない。沖田も、土方も、近藤も、伊東も、お通も。あの場にいた、全ての人間に。
それを言うと、土方ははぁっと肩をすくめた。
「お前責めても仕方ねぇって、アイツも判ってんじゃねーのか?」
桂は土方を見つめた。
呆れたような仏頂面に、なんだか笑いたくなった。
~続く~