まず第一弾。金魂。
また子、てる彦、九兵衛、マドマーゼル、お妙、他二階の住人。
「何すか、これ?」
高杉が寄越した紙を開いて、また子は首を傾げた。折り畳まれたピンクの画用紙に、マーカーで書かれた「しょう待状」の文字。
「見て判んだろ、招待状さ。誕生日のな。」
「誕生日って、誰のっすか?」
聞きながら紙を裏返したまた子は、そこにある差出人の名を見つけ、「うぇっ」と顔をしかめた。
「てる彦……ってことは、まさかあのバケモノの?」
「まさか。」
高杉はくくっと喉を震わせた。
「あの化けもんのは、冬にやったろ?」
「あれは、やらされたと言うのだと思いますよ。」
お茶を持ってきた武市が口を挟む。そういえば、マドマーゼルの知り合いとかいうオカマ達に、しこたま飲まされて潰れたんだった、武市が。
「じゃあ………まさか。」
「そのまさかさ。」
ニヤリと笑って、高杉は答えた。
「あーそっかあ、そんな季節っすよね。」
嫌な季節になったものだ、とうんざりするまた子だったが。ふとあることに気付いて顔を輝かせた。
「晋介さまも呼ばれてるっすよね!? そしたら一緒に」
「いや?」
ニヤニヤ笑いながら答える高杉に、また子は固まる。
「うちで呼ばれてんのはテメェだけさ。」
「えっ……なんで。」
「女同士で水入らずやりたいんだろ。」
「や、てる彦とかマドマーゼルとか女じゃないし、てか主賓自体実は男だし。」
信じられなかった。むしろ呼ばれないのは自分だと思ってたのに。
「私も残念です。せっかく九兵衛さんと久しぶりに会えるかと思ったのに。」
「アンタはそんなだから呼ばれないっす。」
「てか、まだ出禁解けてなかったのかよ。」
呆れたように呟くと、高杉はいれられて大分たった湯飲みに手を伸ばした。口先で温度を確かめてから、一口含む。
「解けないのは本当におかしいですよ。こんなに誠意ある客はそうはいないでしょうに。」
「アンタ存在が犯罪だからダメっす。てかアニメスタッフ、よくこんな危険人物お頭裸の上に置いたっすね。」
「違ぇねぇ。」
喉を震わせるその姿はただ楽しそうで。また子は高杉の心情が掴めなくなる。
「………どうした?」
「いえっ、その。」
様子を窺うような視線に気づかれ、また子は焦った。慌てて取り繕おうとしてその単眼に見据えられ、降参する。
「………いいのかなって。」
「あぁ? 何がだ。」
「その、晋介さまさしおいて………。」
高杉は一度目を瞬かせ、次いでくくっと笑った。
「なんで俺を気にする必要がある。」
「だって、ズラ子は。」晋介さまの。
「………っ。」
それを口にすることはできなかった。瞬間向けられた瞳に、燃えるような激情が迸る。
知らず、後ずさった。震える背中、青ざめた顔に先に気付いたのは高杉だった。瞳を細め、口端を持ち上げる。
「何て顔してんだ。」
「え。」
「招待つってもテメェは主賓をもてなす側じゃねぇのか?」
「あ、どうなんでしょ……。」
高杉はぐるっと椅子を回し、背持たれにもたれ足を組む。
「行ってこいよ。」
そう言われてしまうと、また子としても逆らう術がなくなる。こっくりうなづいて、踵を返す。
「武市、テメェは似蔵の散歩行っとけ。」
「えぇ? 似蔵さん、高杉さんにしか慣れてないじゃありませんか。私じゃ無理ですよ。」
「そこをなんとかしてみろや。軍師武市先生。」
そう笑う高杉の顔はいつも通りで。
また子はなんとなく後ろ髪引かれながらも、引き戸を開いて外に出た。
白い模造紙の垂れ幕。折り紙の輪飾り。色とりどりのペーパーフラワーに、バルーンアートの犬。
「………これ、なんの学芸会すか?」
「あ、また子お姉ちゃん。」
壁に輪飾りを吊していたてる彦が、入り口に立つまた子を見て歓声を上げる。
「ありがとう、来てくれて。」
「一体何すかこれ。」
「何って、たん生日パーティーの飾りつけ。」
「はあ?」
まさかとは思ったが、本気だろうか。それを問おうとすると、「ちょっと通してくれないか。」と声がした。振り向くと、そこには半分に割った竹を抱えた九兵衛の姿。
「あ、すまないっす。………て、これ何すか。」
「何って、竹だ。」
九兵衛はそう言い、また子の脇を通って中へ入り、竹を床へ下ろした。
「これくらいでどうだろうか。」
「うん、足りるんじゃないかな。」
「………って、なんの話っすか?」
竹を並べる手を止めて、二人はまた子を見上げる。
「「何って、流し蕎麦の。」」
「はぁっ?」
思わず素っ頓狂な声をあげた。
「………流し蕎麦って、アレっすか、流し素麺みたいなの?」
「そうだよ。」
てる彦は自慢気に答える。
「なんでよりによって、流し蕎麦なんすか。外でやるんじゃないっすよ、店の中なんすよっ?」
「ブルーシート引くから大丈夫だよ。」
「でも、」
誕生日にそれはおかしい。と尚も主張しようとするまた子だったが、てる彦の膨れた頬を見て口をつぐむ。
「あーもう、勝手にするっす。」
「うんっ。」
反対意見が覆され、てる彦は顔を輝かせた。また子は呆れながら溜め息をつく。
多少どころじゃなく変だが、何しろ主賓がとんでもなく変なのだ。変同士、ちょうどいいのかもしれない。
「で? あたしは何をすればいいっすか?」
「また子お姉ちゃんはね、台所だよ。」
九兵衛とともに流し蕎麦の土台を組みながら、てる彦は笑った。
「って何やってんすかアンタはあああっ!」
厨房に入り開口一番に叫ぶ。粉だらけの手をタオルで拭って、マドマーゼル西郷は顔をあげた。
「何って、蕎麦打ちだよ。見て判んないかい?」
「アンタじゃないっす、その後ろぉぉぉっ!」
西郷は言われて振り返り、もう一度また子に向き直る。
「ケーキ作ってもらってるのさ。誕生日には必要だろ?」
「それを誰にやらせてるって言」「あら、また子ちゃん、どうしたの?」
言葉を遮られ、また子は震えあがった。
一心不乱にボウルで何かをかきまぜていたお妙は、にっこりと菩薩のような笑みを浮かべる。
「いえ、なんでもないっす………。」
「そう(はぁと)」
お妙はそう笑い、再び何かをかきまぜる作業に没頭する。その隙にまた子は西郷の耳に口をよせ、こっそり囁いた。
「何あの女に料理させてるっすか。アンタ止めなかったすか?」
「あの子がやりたいって言い出したんだよ。仕方ないだろう?」
「それ、なんの罠っすか。ズラ子への嫌がらせっすか、下克上っすかっ?」
「まさか。」
西郷は笑って、蕎麦打ちを再開する。そして声を潜め、また子に囁いた。
「一応、無難なものを任せただけよ。」
「無難?」
「そう。」
ばったんばったん。こねた蕎麦粉が台に打ち下ろされる。その度に粉が舞い上がり、また子は口をハンカチで押さえた。
「火を使うのをやらせると黒焦げになるどころか火事になりかねないからね。かといって、ナマモノはこの時期非常にヤバイ。だから、トッピングの生クリームを頼んだんだよ。」
「生クリームって。」
また子は眉間に皺をよせた。
「それのドコがどう無難なんすか。」
「かきまぜるだけだもの、ヤバくなる要素はないでしょ?」
「なんか黒いの出てるっすけど。」
「なっ?」
顔をあげた西郷は、顎をあんぐりと落とした。
「お妙っ。アンタそれっ。」
「あら?」
首を傾げ、お妙は手元のボウルに目を落とす。それが何やら黒い煙をもくもくと吐き出しているのに今気付いたという風に、「まぁ。」と声をあげた。
「まぁ。じゃないっす! アンタ何やらかしてんすかっ!」
「よーくかきまぜてって言われたから、張り切っちゃいました。少しかきまぜ過ぎたかしら?」
「どんだけ光速で混ぜたら摩擦熱で発火するっすか! あーもうクリームまで真っ黒っすよ!?」
「きっと香ばしさが出て美味しくなるわ。」
「ならねーよ!」
~続く~