リク小説「万斉&高杉×ヅラ子。いまでもかまっ子クラブで働らいている設定」
紅桜以前。すいません、以後はどうしても書けませんでしたorz。
曲のクライマックスに向けて連打された撥が、最後の一音を強くうち鳴らす。 それに合わせてビシッとポーズを決めると、残響以外の音が店から消えた。
一呼吸後。
「ブラボーーーっっ!」
店を揺るがさんばかりの盛大な歓声と拍手が沸き上がる。
「ヅラ子ちゃーんっ、最高っ!」
「もみ子ちゃーんっ。」
「あずみちゃん、こっち向いてーーっ。」
客達の声援に、笑顔で応え、もう一度礼をして舞台から降りる。それからも、声援は鳴り止まなかった。
「やったわね、ヅラ子!」
「ちょっと、スタンディングモベーションよ!」
先輩達も、満面の笑みで誉めてくれた。
「やっぱプロの振り付け師は違うわね!」
「ねぇ、これでスカウトされたらどうするっ?」
「キャー!私どうしましょ!」
「アンタ達。」
女(?)三人寄ればなんとやらを実証していた姉さんたちを、マドマーゼル西郷がたしなめる。
「興奮するのは判るけど、まだお客様がいるんだよ。早く持ち場に戻りな! ヅラ子、アンタはテーブルの挨拶回りだよっ。」
「はい、ママ。」
たとえ浮かれていても、こういう時の西郷への従順さは見事だった。すぐさま夜の蛾もとい蝶達は、それぞれの仕事に戻る。
桂も同様にフロアへ出ようとし。
「ヅラ子。」
西郷に腕を掴まれた。
「西郷殿?」
「奥の席、気を付けな。」
舞台脇から店の隅へ連れていかれ、物陰からそのテーブル席を見やった。
「あれはどうも、カタギの目じゃない。アンタを指名してるんだが、舞台後の挨拶回りがあるからって待たしてある。もし、アンタの気がすすまないなら、」
「大丈夫だ、西郷殿。」
困ったというより呆れたように眉を寄せ、桂は言う。
「昔馴染みだ。」
「………大丈夫なの?」
「あぁ。ただ、話が長くなるやもしれない。やはりあの席は最後に行かせてもらう。」
遅くなることを告げられて、不機嫌になっているようではないから、多少待たせても構わないだろう。そう考え、桂はまず常連のいる席から回り始めた。
挨拶といっても、芸の称賛を受けたり、一杯すすめられたりしているうちに時間はあっと言う間に過ぎる。
その席へ桂が訪れたのは、一時間を過ぎたところだった。
「遅ぇ。」
「遅くなると、言ったであろう。忍耐が足りん。たまにはこれくらい待つ事を覚えろ。」
苛立ちの混じる声に、説教で応じる。 相手は恐れ入った様子も見せない。
「何の用だ、高杉。」
問うと物騒な幼馴染に、視線で横に座るよう促される。
溜め息をついて腰かけると、翡翠の単眼が桂をまじまじと見つめてきた。
「………何だ。」
「相変わらず、似合ってんな。」
「高杉。」
喉を震わせて笑うのを、視線と声音で咎める。
「一体何をしにきた。」
「ここに来りゃあ別嬪が拝めると聞いてなぁ。もう一人、天パオカマもいると聞いたが、そいつはどうした?」
「パー子の事か? 彼奴はもう辞めた。」
「………パー子ね。」
余程おかしかったのか、顔を伏せて高杉は笑った。喉を震わせるのは品がないと常々思う桂だが、注意する気にもなれず、別の事を口にする。
「つまり、お前は客として来たのか?」
「それ以外の何がある。」
問い返され、桂は返答に詰まった。
高杉のことだ、また何か裏があるのかもしれないが、少なくとも開国祭の時に感じた不吉な影は、その笑みにはない。
「客なら何か頼め。日本酒か? なら『しかをとこ』の吟醸がおすすめだ。」
通の間で人気の銘柄をすすめると、高杉の眉が面白いように寄せられる。
「随分と高いモンを頼ませるじゃねぇか。」
「当たり前だ。俺の売り上げ、引いては攘夷資金になるんだからな。」
「逞しくなりやがって。」
そういうと高杉は、勧められた通りの注文を出す。酒はすぐに運ばれ、桂は高杉の杯にそれを注いだ。
「いい酒だ。」
「当たり前だろう。」
桂はふんぞり返る。高杉の酒の好みなど、知りつくしている。
高杉は桂にも杯を勧めた。受け取ると、並々と注がれる。
「お前さんには少し味が強いかもな。」
そういう高杉だったが、桂が平気な顔で飲み干したことに目を開く。
「強くなったじゃねぇか。」
「こういう仕事をしていればな。」
「芸風も変わったなぁ。」
手酌をしながら高杉は笑った。
「『黒髪』はもうやらねぇのかい?」
桂は眉を潜める。
「随分と得意にしてたじゃねぇか。」
「店の雰囲気が違うだろう。」
「俺はあれが好きだったけどなぁ?」
覗きこむような視線。
どこか暗く、そして遠い。
何かを懐かしむように。
桂は溜め息をついた。
「弾ける者がいるか判らん。」
「弾いてやろうか。」
「高杉。」
桂はまっすぐ、高杉を見据えた。
「ここは京ではないし、俺はもうあんなことはしない。」
「そうかい、そいつは残念。」
あっさりとそう言い、高杉はまた己の杯にとっくりを傾けようとする。それを奪って、桂は自分の杯に注いだ。
「おい。」
「少しは控えろ。お前また毎日飲んでいるんじゃないのか。」
「ちぇ。」
そう言いながらも高杉は目を細めて笑う。
桂は口元に運ぼうとした杯を下ろし、高杉の杯に少しだけ注いでやった。
翌日。
「今日から、新しい踊りの練習をするよ。」
そう西郷が宣言し、そして振り付け師の舞を見て、桂は愕然とした。
今までの《かまっ娘倶楽部》のような、情熱のまま激しいリズムに乗った踊りではない。ゆったりとした曲にあわせ、一つ一つの動きを丁寧に仕上げた、まるで舞のような。
「西郷殿、これは………。」
「客から、リクエストあったのよ。もっと、芸妓みたいな舞があってもいいんじゃないかって。言われたからにはできるかぎり応えるのが、サービス業ってもんでしょ?」
いきなりの方向転換に戸惑ったのは先輩の姉さんたちも同様だったが、西郷のその言葉に納得したように、それぞれ練習に入る。
一人、その場に佇んでいた桂に、西郷は耳打ちする。
「そういうわけだ。何が裏にあるのかわからないけれど、今の私はこうするしかできない。すまないね。」
「いや。」
静かに、桂は頭を振った。
かつての攘夷志士《白フンの西郷》も、今は人の親であり、ホステスたちの母親だ。後継の桂を気にかけてはくれても、護らねばならないものを考えたら実際にできることは限られてくる。
それを判っているからこそ、桂は口の端を僅かに持ち上げ、言う。
「案ずることはない、西郷殿。おそらく、嫌がらせとか気まぐれとか興味本位とか、そんな類のものだ。」
「大丈夫なの?」
「うむ。西郷殿やてる彦君やこの店に迷惑はかけん。」
「そんなことを言ってるんじゃないんだけどね。」
その言葉を聞かなかったかのように、桂は踵を返した。
そして、あずみ達三味線弾きに曲を教えていた振り付け師のところへと向かう。
「あら? どうしたのヅラ子?」
最初に気づいたのはあずみだった。彼が声をかけたために、他の姉さんや振り付け師も桂を見る。
「楽譜が欲しいのだ。」
「楽譜を?」
振り付け師は桂の顔を覗き込んだ、ようだった。サングラスに隠されて、表情はよく窺えない。
「ヅラ子殿は、踊り担当でござろう? デモテープは渡してあるはずだが?」
「あれだけでは曲がよく判らん。楽譜が必要なのだ。」
桂が手を差し出すと。振り付け師は楽譜を一枚手に取り、立ち上がった。はるかに高い視点から、桂を見下ろす。
「楽譜、読めるでござるか?」
「読めなければ請求などせん。」
楽譜を受け取って、目を走らせる。一度目を通してから、メロディーを口ずさむ。
「………ヅラ子殿。」
「何だ?」
「音程がずれているでござる。」
「あり?」
~続く~