バトルメイン、流血注意。
「Rex tremendae majestatis,
Qui salvandos gratis,
Salva me,fons pietatis!」
そこに、高らかに≪鎮魂歌≫の一節を詠い上げる声が割り込んだ。沖田と振り下ろされた刃の間に、不可視の壁が出現する。その壁は、刃に砕かれはしたが、すさまじい一撃から沖田を守った。
同時に、沖田のバズーカが火を噴く。けれどそれすら、男はかわした。
「ちっ。」
「素早いな。」
沖田の側に、伊東が寄った。左手に聖書、右手にはロザリオ。先ほどの霊壁は、伊東の作り出した聖なる楯だと、新八は理解する。
伊東はロザリオを、新八たちの方へとかざした。再び唱えられる、≪鎮魂歌≫の聖句。新八達の前に、霊壁が現れる。
「おっし。」
沖田がバズーカを構え直した。狙いを定めて、撃つ。
光弾が何十発にも分かれ、男に降り注いだ。かわしきれるはずがない。けれど。
「何っ?」
不可能なはずのそれを、男はかわした。まるで、前もってどこに着弾するか、判っていたかのように。
「しまっ」
男が迫り、刃を振り下ろす。沖田にではない、伊東に。
霊壁は、間に合わなかった。作りかけたそれごと、伊東は斬り捨てられる。
「伊東ぉぉぉっ!」
バズーカの狙いを定めた。けれど、一瞬沖田はためらう。男は伊東の側にいる、撃てば巻き込む。
「悪ぃ、伊東さんっ!」
引き金を引いた。それすら男はかわし、沖田との距離を詰めようとし、けれど瞬時に飛び退った。
空から降ってきた二振りの刃が、男のいた場所の地面をえぐった。片方は白刃きらめく真剣、片方は≪洞爺湖≫と刻まれた木刀。
「ギンさん、桂さんっ!」
現れた、二人の名を呼んだ。ギンタがちらりと新八を振り向く。
「あったく、無茶しやがって。俺らが間に合わなかったらどうするつもりだったんだコノヤロー。」
「僕に聞かないでくださいっ!」
一方、桂はじっと、男を睨んでいた。
「………何者だ、貴様。≪結社≫の者か。」
低い声でそう尋ねる。男は質問に答えず、「ほぅ。」と呟いた。
「これはこれは。珍しいモノを見つける日だねぇ今日は。」
「答えろ。何のために、人をさらい、精気を吸い取った。」
「アンタ、その≪左眼≫。どこで手に入れた?」
桂の動きが、止まった。
「左眼ぇ? 何のことですかてか両目そろってんじゃねーか。何言ってんの?………って、」
飄々と答えていたギンタは、身体のすぐ左で膨れあがった怒気にぎょっと振り向く。
「ヅラ、おい?」
ヅラじゃない桂だ、と、桂は答えなかった。
地を蹴る。男に迫る。鋭く薙ぎ払われた刃は、沖田の光弾と同じように、軽々とかわされた。桂の背後に、男は回り込んだ。
「貴様ぁぁぁっ!」
怒声とともに、桂は振り向く。真剣を横に払う。男はすっと後ろにさがった。さらにそこを追う。
突き出された剣を、男は己の刃で受け、逆に薙ぎ払った。その勢いで、桂の身体がゆらぐ。斬られる。
そう予感した新八だったが、男はすっと横へと飛んだ。後ろからギンタの振り下ろした木刀が空を斬る。
「いったいどうしたんだよヅラぁっ? てーか左眼って何っ?」
「奴だ、生け捕るぞ銀!」
「生け捕るっつわれてもっ!っておいっ!」
桂が構えを変えた。
刃を男に向け、身体の前に水平に構える。左手が刃の根本に添えられ、そしてゆっくりと切っ先へと滑らされる。
「ひふみよいむなや こともちろらね しきるゆゐつ わけそをたはめくか うおゑにさりへて のますあせえほれけ」
四十七音からなる、ひふみ祓詞。桂の詠唱にともない、白刃はほのかに光を放つ。
「ちょ、待てヅラぁぁっ!」
ギンタの制止は間に合わなかった。再び男に駆け寄り、光を帯びた刀を振り下ろす。男が受けたその途端、光は散乱した。
すさまじい力が、桂を中心に巻き起こる。
「っ!!」
あまりの眩しさに、新八は眼をそらす。ついていけなかった高ちんが、悲鳴を上げた。
「ヅラっ! おめーちっとは周りを見ろやっ!」
ギンタの怒鳴り声が響いた。やったのだろうか。何とか目を開けた新八は、次の瞬間絶叫した。
「桂さん、後ろっ!!」
桂が振り向くのと、ギンタの木刀が振り上げられたのと、男の刃の切っ先が桂の左腕を抉ったのは、ほぼ同時だった。
吹き上がる、血。傷を抑えて桂がよろめく。その桂と男の間に、ギンタが立ちはだかった。
「おめー、なんで今のを直撃して立ってられる。」
ギンタの声が低い。木刀を握る手に力が入る。
「確かに今のはすごかったねぇ、直撃してたら俺もやばかったよ。」
男はにやりと嗤った。
「ま、直撃さえしなければいいことさね。」
至近距離であの強い霊力の昂ぶりを食らっただけのことはあったようだ。男の衣服はぼろぼろになり、バイザーが粉々になっている。その顔を見て、新八は絶句した。
男の眼孔には、人間の眼球でなく、メタリックシルバーの球体がはまっていた。
「さて、兄さん。そこをどいてもらおうかぃ。」
「やなこった。三十円くれたって動かねーぞ。」
「俺も甘く見られたものだねぇ。俺はその兄さんの左眼と、そっちの坊やを持ち帰らなきゃいけないんだよ。」
「眼だけって何おめーアレか、眼球フェチとかいうやつか。てかまさか抉る気か? それやったらこの小説、エロじゃなくてスプラッタでR18くらうじゃねーか。」
「あぁ、それもいいねぇ。」
恍惚の表情を、男は浮かべた。
高ちんを抱えて、こっそり小路の出口に向かっていた新八は、その姿に悪寒を感じた。
「あの人に捧げるに、ふさわしいよ。」
「あの人だかこの人だか知らねーが、気色悪ぃんだよこの変態っ!」
男の刃を、ギンタは木刀で受け止めた。刃の向きを微妙にずらして、斬り落とされるのを防ぐ。
「へぇ。なかなかやるじゃないかぃ。」
男はわざと刃を引いた。押し返していたギンタは、いきなり無くなった抵抗に、身体のバランスを崩す。その隙に繰り出された突きは、けれど紙一重でかわされた。
その隙に、なんとか新八は、伊東の側による。
「伊東さん、大丈夫ですかっ?」
「………かろうじて、な。」
斬られた右肩から左脇腹にかけての傷を抑えながら、伊東は答えた。膝をついたその地面に、鉄の匂いをした紅が広がっている。
「伊東さんっ。」
「大丈夫、致命傷ではない。それより、奴をなんとかしないと。」
伊東の視線は、互角に戦いを繰り広げるギンタと男に注がれた。いや、何度か切っ先が身体をかすめているギンタの方が、押されている。
「………なんなんですか、あの人。あの剣もだし、ギンタさんや桂さんの攻撃が全部かわされてるっ!」
「おそらく、あれも異端科学の産物だ。」
男を見据えて、伊東は答えた。
「あの眼、そしてさっき男が言った、≪邪視≫という単語。その単語と同じ名を持つ異端科学のアイテムを、聞いたことがある。」
「なんなんですか?」
「数秒先の未来を見れるという、アイテムだ。」
「じゃぁ………っ。」
新八は息を飲んだ。
『前もってどこに着弾するか、判っていたかのように。』
つまり男は、最初から桂やギンタがどう攻撃するか、知っていることになる。
「じゃぁ、どうすればいいんですかっ?」
「未来が見えると言っても、所詮数秒先のこと。その数秒でかわしきれないほどの攻撃を、奴にぶつければいい。」
「だから、それをどうやって。」
「山崎。いるのだろう?」
伊東の問いかけに、すっと黒い影が彼の側に下りる。
「伊東参謀。」
「やはりいたか。」
そうため息をついて、伊東は山崎に耳打ちをする。「い”い”っ!?」と山崎は引きつったが、じろりと睨みつけられておとなしくなる。
「君の動きにかかっている。行け。」
敬礼して頷くと、山崎は再び姿をくらました。
そして伊東は、沖田にも指示を与える。沖田はニヤリと笑って、再度バズーカを構えた。
「散々こけにしやがって。ざけんなっ。」
光弾が、放たれた。今度は今までの比ではない、何百何千もの光弾、いやむしろ光のシャワーが男に降り注ぐ。眩しさも、さっきの桂の一撃に匹敵した。思わず新八は眼を伏せる。
「くっ!!」
それでも男はかわしきった。沖田の方を向き、「大人しく待ってられない子供には仕置きが必要だねぇ。」と嗤う。
光弾の第二射が撃ち出される。目も眩む光の中、今度も男はかわしきろうとし。
「ぐぁぁぁぁぁっ!?」
ギンタが繰り出した一撃が、男の胸部を突いた。
「な、何故、あの光の中で俺を判別できた………。」
「マーキングだよ。」
胸を押さえよろめく男に、伊東の側に戻った山崎が、誇らしげにそう言った。マーキングをしたのは彼だ。膝が笑っているが。
先が見えてもかわしきれない沖田の飽和攻撃と、それすら囮にしたギンタの一撃。伊東の二段構えの策だ。
「おっと、動くな。肋骨そうとうイッてるはずだぜ? 動くと肺に刺さるかもしんねーよ?」
「大人しく、お縄につくんだな。」
「さっきまでの借り、たっぷり返させてもらうぜぃ?」
「それより、貴様には聞きたいことがある。」
ギンタ、伊東、沖田、そして桂が、重傷を負いながらもそれぞれの獲物を構える。
男は胸を押さえ、それでも嗤った。
「ま、ここら辺が潮時かねぃ。あの人に、土産を持って帰れないのは残念だが………。」
すっと男の身が屈み、次の瞬間信じられないほどの高さへと跳躍した。側に立つ二階建てのビルの屋根へと降り立ち、そして踵を返す。
「待てっ!!」
桂が後を追おうとした。その腕を、ギンタが掴む。
「お前が待てよ、アイツをとっ捕まえる気かっ?」
「当たり前だ!! 奴は、彼奴を知っているんだぞっ!?」
「その怪我で追う気かっ? 追いつくわけねーだろっ。」
「だがっ!!」
「いい加減にしろ、死ぬ気かおめーはっ!!」
桂は口を噤んだ。ばつの悪そうな顔でギンタから眼をそらし、その手をふりほどく。
「………焦んなよ。」
ギンタの言葉に、桂は答えなかった。
12月30日。
救出された高屋八兵衛の証言からさらわれた人たちの監禁場所を突き止め、突入した真選組だったが、そこはすでにもぬけのからだった。犯人が何者だったのか、単独犯か複数犯か、目的はなんだったのか、それを示す何も、そのアジトからは見つけることはできなかった。
真選組が見つけたのは、他にさらわれていた十数人の、惨殺死体だった。
突入に無理を言って同行したギンタから、新八はその結果を聞いた。
「そうですか………。」
それだけ呟いて、新八は目を閉じる。
高ちんが助かったのは、ただ運がよかったに過ぎない。その高ちんも無傷とは言わず、衰弱と、何より精神の疲弊が著しく見られたため、入院してしまっている。
「桂さんは?」
「ま、傷とかは大したことなかったし。ダイジョブなんでないの?」
それが嘘であることを、新八はなんとなく感じた。
犯人の目的は知れない。その素性すら。
その犯人が、十数人もの人の命を奪い、高ちんに深い傷を与え、伊東や沖田を傷つけ、そして桂を追い詰めた。
「………ギンさん。」
「んー?」
ホットイチゴ牛乳をすするギンタに、新八は強い眼差しを向けた。
「僕に、何かできることはありませんか?」
二人は、桂は何かを抱えている。そしてそれには、あの男が関わっている。
あの、恐ろしいほど手強い男が。
力になりたい、と。そう思った。
ギンタは、マグカップを置いて新八に向き直り。
「ヅラに、聞いといてやるよ。」
いつもとは違う遠くを見るような顔で、笑った。
~To be Continued~