10年度誕生日、
2ヶ月1ヶ月と29日遅れて高杉誕生日。去年とほとんど成長してないな若布(爆)。
とりあえず、晴れの特異日だってのに明日の雨は高杉が拗ねた結果だと受け取りました。つまり、手遅れ(爆死)
8月10日、誕生日石は「アイオライト」和名菫青石。キーワードは「大胆さと繊細さのギャップ」
空気が流れるのを感じ、桂は顔を上げた。部屋の入口では高杉が、障子を開け放してもたれかかっている。
「戻ってきたのか」
「まあな」
「首尾は」
「進展なしってとこだ」
「そうか」
うなづいて、視線を手元に戻す。そう簡単に、事態が動くわけもない、ある程度は予想通りだ。
しなやかな気配が部屋の中へと進み、桂は動かそうとしていた手をもう一度止めた。
「なんだ。入って来るなら障子を閉めろ」
「暑いだろ。なんだこの部屋」
すげえ蒸すぞ。そう言う高杉の声に、それまで静かだった風鈴の音が重なった。
「いつ誰が通るか判らんだろう」
「それで、テメェが蒸しあがるつもりか」
呆れた声に空気が震える。窓のそばまで行くかと思われた高杉は、ふと桂の近くで足を止めた。
「何やってんだ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。見て判らんか、繕いものだ」
話すたびに、手は止まる。会話に意識が取られると、そのたび針が指を刺すのだ。小さな傷と侮るなかれ、これはこれで結構痛い。
「それは、テメェの着物か? 違うだろ」
「借りたものだ。ほつれたまま返すわけにもいかん」
「下の女達にやらせりゃいいだろ」
「俺達は居候の身だぞ。そこまで甘えられるか」
「というか」
高杉は膝をついた。近寄った身体を見上げる隙に、伸びてきた手が布をつかむ。
「なんだこの縫い目。がたがたじゃねぇか」
「うるさい」
睨みつけてやるが、もちろん高杉はそんなことでは怯みもしない。
「布地が分厚くて縫いづらいのだ」
「それにしたって限度があるだろ」
「やりもしないのに文句ばかり言うな」
「文句っつか助言だろ」
邪魔をする手を払いのけて、着物を奪い返す。背を向けると、クックッと笑い声が聞こえた。
「借り物だってんなら、余計にそんな縫い方じゃ失礼に当たるんじゃねぇか?」
「だから黙れ。邪魔だ」
「助言だって」
「手助けのつもりなら、貴様がやればいいだろう」
どうせ、高杉が手を貸すわけがないのだ。だから、そのつもりがないのなら口も閉じろと言うつもりで、そう言い放つ。
「仕方ねぇなぁ」
軽い笑いとともにそう言われたあと、いきなり伸びてきた手に桂はぎょっとした。有無を言わさず高杉の手は、着物だけでなく針と糸まで奪い去っていく。
「何を、」
「やれって言ったのはお前さんだろ」
どっかりと腰を下ろして、右手に針を持つ。着物を表裏と眺めすかして、膝の上に広げた。確かこうだろ、そう呟いたのちに、高杉は右手を動かし始めた。
「……。」
ゆっくりだが丁寧に、針はほつれた部分を縫い合わせていく。細い筆の先で描く線のように、縫い跡はきれいなで並ぶ。
「お前。繕いものをしたことがあるのか」
「んなわけねぇだろ」
人を食ったように細められることの多くなった深緑は、今は真剣なまなざしを手元に注いでいる。幼い頃に見たそれに、桂は息を飲んだ。
風がそよぎ、風鈴がまた涼しげな音を立てる。ここは部外者の立ち入れる所ではないが、それでも人目を避けたいという思いはあり、障子を閉めなければと考える。が、それは頭の片隅で小さく動いただけで、思考の大部分は糸を手繰る手から離れることができない。
「ほらよ」
やがて、最後まで糸を張り終えた高杉が、着物を寄越してきた。
「最後にどうとめるのか判らねぇから、それはテメェがやれ」
きれいに縫われたそれと、まっすぐにこちらに向けられた深緑に、目を奪われるどころか呼吸さえ一瞬忘れた。
「おい、さっさと受け取れよ」
「あ、あぁ」
受け取って縫い目に手を滑らせる。糸と糸の間隔は密だが、力を込め過ぎずに縫われたために、ごわごわとはしていない。
「……すごいな」
「テメェが大雑把なんだ」
「だが、玉止めもできんとは、まだまだだな」
「やってるとこ見たことねぇんだ、当たり前だろ」
「偉そうに」
「どっちがだよ」
喉を震わせる、桂のあまり好きではない笑い方をしながらも、眼は穏やかに澄んでいる。
その手は剣だこで節くれだってはいるが、自分よりよほど丁寧にものに触れる。高杉の手のように美しい音色をつまびくのも、桂には到底できない。
「そうだ、ヅラ」
そして深緑はぎらりと光を放ち、まとう空気は一瞬にして剣呑さを帯びた。
「幕府の高官が近々お忍びで、京にやってくるらしいぜ」
「……な、」
わずかに遅れた反応を、高杉はどう取っただろうか。構わず、夜行性の獣のように目を細める。
「探れば逗留先も掴めるだろうし、置屋から人が呼ばれることもあるだろうさ。どうする」
殺るか?と、歯を見せて笑った。さっきまでその顔が浮かべていたのは、もっと静かなものだったのに。
あの時の違和感をもっと突き詰めて考えていれば、今こうして遠い空の下へと向けて、届かないおめでとうを押し殺すこともなかったのだろうか。
この日が来るたび、桂はそう考える。
~Fin~