リク二つめが、誰かさんの陰謀のおかげで(笑)書いても書いても終わりません。なんで小ネタでやらないのか自分-。
息抜きじゃないけど、ついついこっちに走りました。スミマセンです!
しかも、リク三つめの前に、また余計なものを一つ先に出す予定……ほんとスイマセンです!
ちょうど三ヶ月遅れで、幾松っちゃん誕生日。
8月25日、インスタントラーメンの日……って、空知せんせーワザトですか?
この世でもっとも美味しい食べ物は、なんですか?
とんとんとん。軽く気持ちいい音を立てて、包丁は野菜を切り刻んでいく。キャベツ、人参、タマネギ、椎茸がみるみるうちに、一口サイズに刻まれていく。
「実は大吾と出会うまで、アタシあんまりラーメンが好きじゃなかったのよね」
続いてネギを小口切りにしていく。それからニンニクを摺りおろす。
刻まれた野菜は、種類ごとに小さなボウルに入れられる。もう一つ、空のざるにモヤシが投入され、それは流しへと運ばれる。
「どっちかっていうと、うどんとか、そばとか」
「そうか。やはりそばはいい。日本の生み出した文化の極みだ」
「アンタ前にラーメンの求道者になるって言ってたじゃない」
蛇口をひねりながら、初めて出会った時のことを持ち出してみる。案の定、彼は動じるどころか眉一つ動かさない。
「昔の話だ」
「そんな昔だっけ……あぁ、そうね」
三年も、と頭の中で折った指に笑う。いつの間に、こんな長いつきあいになってしまったのか。
「とにかくラーメンって言ったら、細長いホウトウとどこが違うの、くらいで。これ、怒られそうね」
「そうだろうか。支那そばと日本そばをごっちゃにするよりマシだろう」
それは、彼が何をおいてもそばの人で、それ以外の麺類は大差ないと思ってるからではないだろうな、と危惧してしまう。
「で、初めて食べたのが、大吾の作ったラーメンだったわけなのよ」
モヤシをさっと洗い、水を切る。長年茹であがったラーメンを相手にしてきた自分だが、同じ要領でやるとモヤシが飛んでいってしまう。何事も簡単にはいかない。
「それが、ご主人との初めての出会いか?」
「そうじゃないの。その時アタシ、付き合ってる男がいてね」
やっと小娘の域を出ようかという幾松に金をせびって自分は酒ばかりというろくでもない男だったが、それは言わないでおく。やっかいな事になったらイヤだし、ならないならならないでちょっと癪に障る。
「幾松殿も隅にはおけんな。さすがは幾松殿」
「お褒めの言葉をどーも。で、そんな時に出会ったんだけど、もう必死の形相で鰹節の品定めをしてるのよ」
まるで親の仇でも探すような眼を思い出し、ちょっとだけ笑う。
「そんな怖い顔してたくせに、人懐っこくてね。そのくせ、自信満々に自分の作るラーメンの話をして、ぜひ食べに来いって誘うの」
「やはり、幾松殿も隅におけんなぁ」
「ありがと」
鍋の沸騰具合を確かめる。大鍋も、出汁を煮込む中鍋も、ボコボコ泡を立てている。その隣にフライパンをかけ、油を引く。
「まぁ、アタシはその時ラーメン好きじゃなかったからね」
「で、断ったと」
「そう。でもしつこくて。絶対美味しいからって聞かないのよ」
フライパンに鮭の切り身を乗せる。油の跳ねる音と一緒に、いい匂いが広がる。焦げつかないように気をつけながら、両面に焼き色をつけて皿に移す。
「それでいざ食べてみたんだけど。二回目の時は、言うほどでもなくて。まぁ、不味いんじゃないんだけど」
普通の、味? そう笑う幾松は、じっとこちらを見つめる琥珀に笑みを収めた。
「一度目は?」
「うん」
同じフライパンに、野菜を、放り込む。これも焦げつかないように菜箸でかき混ぜる。タマネギが透き通るほどに火を通したところで、出汁を注ぐ。一煮立ちさせて、さらに鮭を入れる。もう一度煮立たせて火を止める。
桂の視線を、ずっと感じる。追い立てているのではない。意外と沸点の低いこの男は、少なくともこの店では声を荒立てたことはない。怒りっぽいのだと聞いて、信じられなかったくらいだ。
「一度目はね。美味しかった」
目はフライパンに向けたまま。もう一度煮立たせて、火を止める。味噌を溶いてニンニクを入れながら、ちらとカウンターを窺い見た。
「そうか」
うなづく声は、とても静かだ。どうしてこんなに穏やかなのだろうと、ふと思う。別に店で騒ぎを起こしてほしいとも、自分のことで感情を波立たせてほしいとも思う訳じゃないのだけれど。
「うん、美味しかった」
大鍋に縮れ麺を投入する。時計は見ない。茹で時間なんて自分の身体に染み着いている。それだけの年数をここで過ごした、自負がある。
ふわっと麺が浮き上がる、そのタイミングを見計らって引き上げる。高いところから落とし、水を切る。丼に滑らせ、野菜の煮込んだスープを注ぎ、刻みネギと缶詰のコーンとバターを乗せてできあがり。
「はいよ。味噌バタコーン一丁お待ち」
「うむ」
冷房の程良く利いた部屋で、味噌ラーメンはほかほかと湯気を上げる。桂は箸をそろえて手を合わせ、頭を下げる。麺を三本箸の先でつまみ上げる所作も、風情があって絵になる。まるで会席でも食しているような姿が、いつの間にかハムスター状態になるのは本当に何故なのだろう。
つるっと、麺が小さな口に滑り込む。レンゲがスープを口へと運ぶ。つままれたモヤシが口の中で咀嚼される。
「どう?」
口の中のものを飲み込んで、桂はうなづいた。
「さすが、ご主人のラーメンだ」
ざるを洗っていた手が、止まった。顔を上げる。眼が、一瞬合ったかと思った。
初めて食べたラーメンは、とても美味しかった。真冬で天気予報は雪を告げていて。男に三行半をつきつけて、ついでに殴られて。
身体も、心も冷えきっていて。
たどり着いた先で、彼はラーメンを作ってくれた。有り合わせの材料で、とにかく温まるように、と。
染み渡っていく熱が、生きている実感を与えてくれた。ボロボロになってラーメンをすするみっともない姿をにこにこと見つめていた、その無骨な笑顔に。
救われた。
「……知ってたの?」
「何がだ?」
いつの間にか口の中いっぱいになっていた麺を飲み込む。続いてモヤシを運ぶ顔は、やっぱり眉一つ動かない。
悔しくは、なかった。客もいなくなった深夜、ゆっくりとした時間の中で、静かに語りながらラーメンを食べる姿を見ている。それがすごく、幸せと感じる。
「幾松殿。一つアドバイスをさせてもらえれば」
「何?」
「どうせなら、醤油ベースにしたほうが、鰹出汁は活きると思う。それと、鮭とバターではなくお揚げにして、麺も小麦粉と卵ではなくつなぎにそば粉を」
「それってそばだろ、ラーメンじゃないだろ」
たとえ、こんなやりとりだとしても。
~Fin~